更新:2010年6月17日。
望遠鏡の設計と製作

− F可変型屈折望遠鏡 −
この便利な表ができたので,ちょっと物好きですが,Fを変化させると各パラメーターがどのように変わるかをグラフにプロットして見ました;

一見して解ることは,

@ F値を大きくするには当然Dを長くしますが,それにつれて L は逆に短くなり,その長さの範囲内に接眼部の光路長を含む必要があるため,おのずからFの最大値には限度が生じます。

A Mの値(第1レンズから仮想レンズまでの距離)はF10.5あたりで最大となり,それ以上では仮想レンズが第1レンズに却って近づく方向に移動するためN(望遠鏡の長さのパラメーター)の増加の割合が減少します。

B Fの増加とともに多くの変数 (N,D および M) が曲線を作るのに対して,( f は当然としても) L も直線的に変化 (減少) します。


つまり,ここで意外に重要なのは第2レンズから合成焦点までの距離 (L) ですので,その性質をもう少し詳しく調べてみると;
鏡筒の引き出し位置の決定
先ず希望するF値に対応する L を決定し,上式 (D=244+P+Q-80N) から先ずN (0,1,2のいずれか) を決め,次いでPとQのいずれかを決めればそれぞれQとPの値が決まります。万一これでピントが出ない場合は接眼部そのものの構造を変える(短縮する)必要があるでしょう。
ここで注意すべき問題点があります;つまり,
   @可能なF値の最大値を大きくするには接眼部を短くする(Lが短くなるため)必要があり,
   A可能なF値の最小値を小さくするには第1鏡筒を短くする(Dが短くなるため)必要があります;
これらはいずれも望遠鏡の構造上の欠点になり得るので,実際問題としてはFの可変巾はせいぜい3以下と思われます。

鏡筒バンドの製作
困った点は,第2鏡筒(上図の橙色の部分)を長く引き出した場合,接続部位付近に負担が掛り撓みが生じる心配(特にF10の場合)がありますが,この点は頑丈な鏡筒バンドを製作することで解決できました(実際に光軸修正アイピースで調べる範囲では光軸のずれはほぼ完全に補正可能でした)。
屈折望遠鏡はレデューサーを用いることにより焦点距離を変えることができますが,一般のレデューサーは鏡筒に固定されることが多いため,設計値以外の焦点距離を自由に得ることは至難です。
そこで,今回は2枚の対物レンズを用いてF値がある範囲で容易に変えられる屈折望遠鏡を作成しましたので,ご報告します。
レンズとしてはスコープタウン社から発売されているΦ80mm,F15(焦点距離1200mm)を使用しました。このレンズは同社によると光透過率は99.9%で,2枚用いても透過率は99.8%程度と思われます。同社の他のレンズ(例えばΦ80mm,f1000mmなど)はすべて透過率が99.5%とされており,透過率のみを考えれば2枚使用することによる不利は少ないのでは?と思われました。
一方アクロマートレンズであるため,僅かな色収差はありますが,試して見ると肉眼では殆どわからず,写真撮影でも気になるほどではありません(後述)。

設計(その1)
ちょっと面倒ですが,下図のように第1と第2の二つのレンズを使った望遠鏡を考えます;

第1レンズを透過した光(青点線)は第2レンズで更に屈折(赤点線)し,合成焦点距離fを形成します。したがって,2枚のレンズは光学的には1枚の仮想レンズ(赤色)と同等になるでしょう。
さて,2枚のレンズ間隔をD,第2レンズから合成焦点までの距離をL,第1レンズから仮想レンズまでの距離をMとします(N=D+Lは望遠鏡の長さに直接関係します)。

レンズを2枚用いる以上は面倒でも合成焦点距離に関する公式が不可欠です;
合成レンズ系の基本式;
 f(合成焦点距離) = f1×f2/(f1+f2−D) ------------------------------------------------1)
 L (第2レンズから合成焦点までの距離) = (f1−D)×f2 / (f1+f2−D) -------------------------2)
 F(合成F値) =合成焦点距離 (f)/第1レンズの口径 (Φ) ------------------------------- -----3)

を信用 (?) する事とすれば,Dを決めれば式1) からf(合成焦点距離)が決まり,式2) からLが決まり,さらに式3)から合成F値が決まります。もし作る望遠鏡のF値を予め決めておき,それに必要なD値を求める場合は,式2)を変形して;
 D = f1 + f2−f1xf2/(ΦxF) ------------------------------------------------------------4)
 M=D + L−f -----------------------------------------------------------------------5)
から,必要なレンズ間隔(D)を含む他のすべてのパラメーターが決められます。

実際問題としては,例えばエクセルを使用して,下のようなものを作り上記の数式4), 2), 1), 5)を順に黄色の部分に予め入力しておけば,あとは青色の部分に自由に数値を入力するだけで望遠鏡の設計が可能です。(残念ながらここにはエクセルを貼り付けられないので,下の表は作動しません;ご興味のある方は,ご面倒でも上の数式を使って自作なさってください)


上記の1)から4)式までを用いて,F値と L との間の関係を求めると(途中の計算は省略します);
  L=Φxf2x(1 /Φ−F/f1)
となりますが,この場合 f1=f2 ですので,
  L=f1−ΦxF
となり,もしFを1づつ増加するには L を Φだけ短縮すればよく,またFを0.5づつ増加するにはΦ/2 だけ短くすればよいことが判ります; 具体的にはこの場合,Φ=80mmなので,Lを 8cm づつ変化させればF値は1づつ変動し, 4cmなら 0.5 づつ変動します; これはFの値を一定の割合で変えられるような屈折望遠鏡の設計が容易であることを示しています。

設計(その2)
以上のことから,実際に設計図 (というより概念図) を書いて見ました;
以上から判るように,長さ80mmのスペーサー(対物レンズの口径Φと同じ長さの円筒)を適宜鏡筒内にセットするのが便利です;第2レンズ の右方に配置するスペーサーの数を2個,1個,0個とすることによりF値はそれぞれ1づつ大きくなります。実際,この操作(後述)で一つの望遠鏡がF8,9,10の3種類に早代わりします。
鏡筒の製作
一にも二にもボイド管との格闘(?)に尽きる作業です;直径の異なる3重の鏡筒を構成する少なくとも3種の管(下表参照)を作る必要があるからです;
機能 外径 内径 使用するボイド管 ボイド管に対する処置
第1鏡筒 第1レンズ枠をネジ止めする 約98mm 約92mm Φ100mm 縮める
第2鏡筒 F値に応じてスライドさせる 約92mm 約86mm Φ75mm 広げる
スペーサー 第2レンズの位置決定と保持 約82mm 約76mm Φ75mm ボール紙を巻きつける
接眼部 ピント調節 同上 適宜 同上 適宜
ボイド管は縮める場合でも広げる場合でも,充分に水を含ませてから馴染ませることが不可欠ですが,40cmを超える長い管ともなると洗面台という訳にはいかないので,浴槽を使用します。プラスチックやアルミとは異なりボイド管は元来生き物(紙)由来ですから,こちらの気持ちが通じるらしく(?),工夫さえすれば意外に言うことを聞いてくれるものです。

組み立て
下の写真は左から,接眼部(目盛付き),各種スペーサーと第2レンズ,第2鏡筒とそのカバー(目盛付き),第1鏡筒(第1レンズ装着済み)です。
組み立てる前に予め,所定のF値を得るための第2レンズや接眼部の位置を実際に遠景を眺めながら決定し,そのときの各鏡筒の目盛を読み取っておくことが必須で,これはかなり厄介ですが省略できない作業です(場合によっては接眼部の長さを調節 (=短縮) する必要が生じます)。
これさえうまく行けばあとの組み立ては簡単で,その順序(下図参照)は; @ 第2鏡筒に接眼部を挿入し,更に所定のスペーサー,第2レンズ,スペーサーの順で挿入,A 第2鏡筒に目盛付きカバーを被せ,B これを第1鏡筒に挿入し,所定のF値に対応するD値が得られるように位置を調節し,その位置をスケールで再度読み取り記録しておく,C F値を変える際はこの作業を繰り返す必要がありますが,慣れれば2〜3分もあればOKです。
ボイド管を二重にして輪切りにし,上下に切断したものに蝶番を挟みネジ留めして開閉式のバンドにしました;
運搬用のハンドルのお陰で全体の強度は充分過ぎる(?)ほどです。

F値を大きくした場合には,後方のバンドには直径の小さな第2鏡筒が乗ることになるので,厚紙などを挿入して補正する必要があります。
ファインダーの取り付け
はじめ鏡筒バンドには運搬用ハンドルを付けましたが,全体重量が軽いためファインダー台座と取替えました;この自作ファインダーはΦ40mmのスコープタウン製ですが結構よく見えます。
ファインダーの鏡筒の内部はトイレットペーパーの芯ですがボール紙で補強してあるため頑丈です。
蛇足ですが,台座はビクセン製のものにネジを3本立てて水平方向の微動調節が可能にしてあります;垂直方向は普通の精度で作れば大きな狂いはない筈ですし,もしあればファインダーのアリガタの下にボール紙を噛ませるなどで簡単に調整できるはずです。
またファインダーははじめ鏡筒バンドの側面に付ける予定だったので,いまだに台座だけがそこに付けたままです;どちらが使い易いかは実際の使用時に判断しても遅くないと思われました。
光軸調整
実は懸念していたのは光軸の問題です;光軸と言っても,二つの対物レンズが完全に平行かどうかまでは調べようがありません。レンズの厚みは20mmもありそれぞれレンズハウスが付いているので,まあほぼ平行にセットできたであろうと信じるしかありません。
あとは両レンズの中心と接眼部の中心の三点が一直線上にあるかどうか?ですが,これは両レンズの中心にマジックで小さな印を付け,光軸調整アイピースの視野中央で一致するかどうかで判定しました; なかなか完全には一致しませんが,まあほぼ一致というところで我慢するしかありません(右図)。
この状態でも少なくとも恒星が三角に見えるようなことはありません。
色滲みについては,アクロマートであるにも拘わらず,F10は勿論F8の状態でもほとんど気になることはなく,更に解像度は抜群です。眼視では当然60倍くらいが最も美しい見え味ですが,110倍 (F10でNagler 7 mm)でも苦しいということはないようです。
試写(2010年6月3日)
先ず地上すれすれに昇って来た月を撮ってみました;
ご覧のようにだいぶ眠そうなのはピントがかなり甘いためと思われます(薄雲がとれない条件ではありましたが)。
アクロマートでの撮影経験は乏しいのですが,色滲みはあまり感じられないと思われます。

次いで M57 を自動導入(GPD+Pyxis )し,無理を承知で撮影してみました (下左); これも撮影後にピントが甘いことに気づきましたが手遅れでした。
F10とは言え口径80mmでは幽かな眺めです。M57の周辺をまた強引にトリミングしたのが下右の写真です。
ピンボケが益々明瞭ですが,これは望遠鏡の責任ではありません。

結論としては,ピントにさえ充分気をつければ,いわゆるdeep sky の撮影にもそれなりに使えそうです。
勿論,手軽な観望用屈折としてなら,これ以上のものはない(?)という気にさせる魅力もないではないと思われます。
概要

 口径: 80 mm
 焦点距離: F8〜F10
 EOS Kiss X2 使用時の写野: F8 の場合=1.3×1.9度,F10 の場合=1.0×1.5度
 重さ: アリガタ付き鏡筒バンド,Φ30mmファインダー,フリップミラー(ビクセン製)などを含めて約 5 kg
 長さ: F10の場合=約 87 cm (同上),収納時(F10のまま)=約 71cm
 接眼部: 2インチ天頂ミラー装着可能 (ラック・アンド・ピニオン;粗動のみ)
 遮光環: 接眼部内部に3枚装着
 ファインダー(自作): Φ40mm,f=220mm,31.7 直角ミラー; ビクセン製台座の改造により水平微動
 
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